貿易赤字は円安要因?円相場と貿易・所得収支
貿易収支と為替の関係
貿易収支とは
貿易収支は2国間の物品の売買に伴う収支を指す。
モノと取引であって、金融などの所得の取引は除外される。
日本は自動車など工業製品を海外に輸出し、原油などの資源を輸入している。この輸入に関するお金の支払いは、基本的にドルで行っている。サウジアラビアの通貨であるリヤルを使うわけではないのだ。
そうすると、日本が輸入を増やせば、海外にドルの支払いが増えるのがわかる。
FX的にいうなら、円売りドル買いによって調達したドルを、海外に支払うことになる。
そうすると、
輸入を増やす=円安要因
輸入を減らす=円高要因
であることはわかる。
反対に輸出を増やしたらどうなるだろう。
輸出を増やせばドルを獲得することが出来る。その獲得したドルを日本企業は、円に換える。すなわちドル売り円買いが起きるのだ。そしてこれは、円高要因である。
輸出を増やす=円高要因
輸入を減らす=円安要因
整理すれば上記のようになることがわかるだろう。
ここで関係を貿易赤字・黒字を絡めて再度整理する。
輸入を増やす=貿易赤字要因=円安要因
輸入を減らす=貿易黒字要因=円高要因
輸出を増やす=貿易黒字要因=円高要因
輸入を減らす=貿易赤字要因=円安要因
こうしてみると、貿易赤字が円安要因に結び付くことが分かり易い。
しかしこれは、長期的な話だ。
貿易収支は為替の長期トレンドを決める
2011年の東日本大震災以降、日本はしばらく貿易赤字の期間が続いた。
千五兆期にわたり続いてきた貿易黒字傾向が反転したのだ。
原因は、急激に火力発電依存度を高めたことによる化石燃料の輸入増加やリーマンショック以降の円高による生産拠点の海外異動の効果が大きいとされている。
普通に考えれば、貿易赤字は円安要因である。貿易赤字とは、輸入金額(海外への料金の支払い)が輸出金額(海外からの料金の受け取り)を上回ったいる状態であるため、トータルでは円が海外に流出することになるからだ。
日本は東日本大震災の発生翌月、2011 年4 月から貿易赤字に陥っている。
一方で現実の為替市場は円高になった。
これは、リスク回避的な市場環境が、国内から海外への資金移動を抑制したことと、安全資産としての円買いが円高を招いたとされている。
当時の日本は国際的なサプライチェーンの中核として、他の国では大体不可能な製品(部品)を作っているとみられ、世界経済への影響も一部ではささやかれていた。
このように、貿易統計と円相場を関連付けようとする分析は、短期的には意味をなさないことも多い。
一方で長期的は、貿易収支と為替相場は相関がある。国対国の本質的な資金移動を貿易収支が指し示している部分があるからだ。
教科書でならうような話だが、ドル円相場は第2次大戦後1ドル360円の固定相場制だった。それが、1971年のスミソニアン協定より1ドル308円と円高方向への(固定相場制の中で)調整が図られ、1973年には変動相場制へと移行した。
以降、大きなトレンドとしては一貫して円高傾向にあるが、その主たる要因となっていたのは、日本の莫大な貿易黒字であり、米国の貿易赤字である。
投機のポジションは一定期間後には決済が必要になる。買った通貨は売らなければならないし、売った通貨は買い戻す必要がある。すなわち、一定期間で見れば為替市場に与える影響はニュートラルに近い。
一方で、貿易収支による売買は一方的だ。
日米間で日本の貿易黒字が続けば、資金は日本に流れ込み続ける。長期の方向性を規定するのは、貿易(所得)収支と言って良いだろう。
月次の貿易収支は、為替相場を見る上で重要か
ただし、月次で発表される貿易収支を見る際には注意が必要だ。
輸出業者は一般的に数カ月先まで為替ヘッジを行っている。
為替相場が動くと彼らは、外貨の受渡日を調整(リーズ・アンド・ラグズ)を行う。これは詳細に説明すると長くなるが、すでに保有しているポジションの(ヘッジ)量や期間を調整する行為に近いイメージだ。この行為の相場与える影響は大きいと言われている。
輸出業者(輸入業者と読み替えても同様)は、すでにドルを得てしまったから円に替える(ドル売り円買い)を行うという部分より、すでにドルを売っておりそれを相場の変動にあわせてポジション量などを調整している部分が大きいのだ。
だから、月次統計としての貿易収支と為替の売買フローは、短期的には必ずしも一致しない。
経常収支と円相場
貿易収支と為替市場の関係は述べた。
次は、経常収支と為替市場(円相場)の関係を見てみたい。
経常収支とは、上で述べた貿易収支に、「サービス収支」「所得収支」「経常移転収支」を合算して算出される。
なかでも金融マネーに関わる動きは、貿易収支より圧倒的に大きく、かつ機動的に動く。短期的に為替マーケットに大きな動きを与えるのは、貿易収支よりも(金融マネーフローを中心とした)所得収支に絡んだ動きと言えるだろう。
所得収支はその国に対する資金の流出入の総計に近く、為替市場の長期見通しに大きな影響を与える。
日本国債が、過剰債務によって暴落すると大昔から言われていても、一向に暴落しないのは、経常収支が黒字であることが原因である可能性が高い。
経常収支が黒字の国は、国内に資金が貯まっていく構造になるため、その国の機関投資家は増加する運用資金で国債を買うという投資行動を取りやすい。(最近は違うが)実際に日本も、海外勢が売ろうとする国債を、国内機関投資家が倍返しで買い続けることで、金利の低下が続いてきた(国債価格は上昇)。
所得収支黒字は続くが・・・
日本は人口が減少中、高すぎた円相場のせいもあり、日本企業の海外進出が続いている。それは製造業にとどまらず、金融や通信サービスなどさまざまな企業が対外直接投資を増やしている。
これは、貿易収支が悪化する要因であった。
一方で経常収支は、海外進出企業の利益がもたらす所得収支の黒字という形で、直ちには減少しない。
貿易収支の悪化を所得収支の改善が補う形だ(いずれも経常収支の構成要素)。
さらに、豊富な資産を持つ日本企業や日本人が保有する外国証券からの利息・配当収入も所得収支の黒字に貢献している。
日本全体が働いて稼ぐ社会から貯めた資産で生活する社会に変容しているのだろう。まさに高齢化社会というやつだ。
所得収支の増加により、経常収支はしばらく黒字傾向を維持するだろう。
(これについては様々な意見があると思うが)ただし、長期的には経常収支の基礎を構成する貿易収支が赤字傾向である以上、いずれは所得収支も赤字基調に転落する可能性が高いと思われる。
歴史的に、一国レベルでは、資産が生み出す収益で豊かな生活ができるのは、限られた期間にとどまっている例がほとんどである。
為替市場の影響についてのまとめ
・貿易収支は一方方向の資金フローだから(金額は小さくても)為替市場に影響力を持っているよ。
・ただし、月次の貿易収支は、実際の為替フローとは一致しないよ(実際の実需の為替売買はヘッジ量の調整などの影響が大きいため、物の動きと一致しない)。
・経常収支はその国の資金の流出入の総計に近いから為替市場の長期展望を考える上では重要だよ。そして、今のところ日本は経常黒字基調だよ。
・でも、いずれは経常赤字になっちゃうかも知れないよ。
・(本文には書いてないけど)そのときは、本当の意味で日本の借金の多さを実感させられる展開になっちゃうかも知れないよ。
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