安倍政権と円相場
アベノミクスがわたし達の生活と金融市場に大きな影響を与えたことはご存じの通りだ。今回は、為替市場(主に円相場)に対しなぜアベノミクスが大きな影響を与えたかについて、まとめてみた。
わたしはアベノミクスを無条件で賛美するつもりは無く、特に規制改革などより本質的な成長率を引き上げる政策ではまだ思うような効果が出ていない、との意見にはおおむね同意だ。
一方で、金融市場に焦点をあててみれば、安部政権が推進するアベノミクス相場はほぼ期待通りの効果をあげており、円安(株高)は大幅に進んだ。
もちろん為替というのは、通貨間の交換比率に過ぎないから、「円安が良い、円高が悪い」と一概に言えるものでは無いだろう。どちらが良いかは、その人の立ち位置によって反転する。
すでに十分な資産を気づいている人はその(おそらく円建ての)資産(や購買力)の価値が高まる円高の方が望ましいだろうし、海外からものを仕入れて日本国内で販売している人(や企業)にとってもそうだろう。
一方で、円高の時代に株価を中心とした資産価格が低迷し、また日本国内のコスト競争力低下により製造業の海外移転などにより多くの雇用が失われた。そのことは多くの日本時には不利益と見なされたため、円高の一因を作ったとされる民主党政権への批判は根強い。多少の失政があっても、自民党がなかなか選挙に負けないのは、円高時代の閉塞感が如何に強かったかを示している。
実際アベノミクス効果は大きかった。
図:ドル円チャート
為替水準は1ドル80円を割り込む水準から、安部政権誕生期待が高まった2012年以降水準を訂正し一時はリーマンショック前の高値をうかがう雰囲気だった。
株価も円安の具現と(現在ではかなりしぼんでいるものの)改革期待をうけて、リーマンショックとその後の金融危機から回復している。
図:2007年以降の株価とドル円 左軸:日経平均株価 右軸:ドル円
こうした株価の回復には、(特に米国を中心とした)世界的な景気回復の影響である、との考え方もあるかも知れない。しかし、米国やドイツなど主要先進国の株価が明確に回復し基調に復した2010年以降においても、日本のみ株価低迷にあえいでいた。
こうして日米株価を並べてみるとよりはっきり分かる。日本の株式はシクニカル性が強く、景気後退期には大きく下がり、景気回復期には急上昇する性質があるが、2010年以降の世界景気回復期においても日本は低迷したままだ。
それを一気に取り戻したのがアベノミクスであったわけだから、見方を変えれば、民主党(円高)時代があったため劇的な効果を生み出した(生み出したように見えた)とも言えるかも知れない。
だから、冒頭にも書いた通り、アベノミクスを無条件に支持はしない。その前の時代に比べてかなりましだというだけだ。
以下、どのようにアベノミクスが効果を上げたかをまとめる。
日本株評価の修正に伴う円安
当初、安部政権は改革期待を外人に持たれており、それが実現できると信じられていた。外国人は改革派政権が大好きだ。こうした動きは、世界中の株式市場で観測され、日本では小泉政権時などにみられたようだ。
アベノミクスは、外国人に日本株の過少保有を修正するための買いを促した。日本株はヒストリカルな資産面から見たバリュエーション(株価評価指標)を下回っており、きっかけさえあれば買いやすい状態だった。
外国人(の一定数は)日本株に投資する際に、為替ヘッジを行う。日本株という円建ての資産を持つということは、円のリスクも同時に取ると言うことだ。円安が進んでしまえばリターンは毀損する。特に安部政権のように円安志向が強い際はこの効果は強い。円安による日本株高を見込んでいるなら、(その見通しに100%ベットして勝負するなら)為替ヘッジは必然的な行動なのだ。
外国人投資家の円売りと日本株買いが相乗的に進行した結果、ドル円は(それまでの米金利との連動をやめ、)株価と連動するようになった。そしてその後の半年間はドル/円は30%以上、TOPIX は80%近く上伸した。
最大の援軍は日銀の緩和
日銀は2013 年4 月に、2%CPI 目標の実現に向けて2 年でマネタリベースを2 倍
にする「異次元緩和」を進め、さらに2014年10月にはその強化を行っている。一方でFRB は危機対策としてのQE をいよいよ解除し、2015年には金利引き上げに向かう見込みだ。このように日米金融政策が乖離すれば、緩和バイアスの日本円が売られ、引き締めバイアスのドルが買われる展開は必然である。
ただ、過去には日銀の金融緩和は十分な効果を上げられなかった。
その要因の一つは後手に回りやすい政策対応だろう。景気が悪いという現状を追認して緩和する中央銀行と景気が悪くなりそうだから緩和する中央銀行とでは、前者の方がだいぶタカ派的な中央銀行と言える。後手後手に回っては、なかなか金融市場に働きかけることは難しい。
そして前任の白川総裁は典型的な前者だった。
一方で、よく知られるように、黒田総裁は市場の意表を突くのが得意だ。2014年10月の追加緩和時には、その得意技で緩みかけていた円安基調を再度強化させた。
また米国の景気が回復歩調を強めていたことも大きい。
米景気悪化時には円高ドル安になり、日本株が下落し、日本経済が苦境に陥り、日銀は金融緩和を迫られるといった、現状追認型の政策に追い込まれやすい。そういった意味では、白川元総裁を批判するのは公平では無いかも知れない。
蓄積した円高ポジションの巻き戻し
IMMの通貨先物市場を見ると、安部政権誕生前は5年にもわかり形成された円高トレンドに沿って蓄積されたポジション(ドル・ショート、円ロング)が蓄積されていた。アベノミクス当初の円安はその巻き戻し(円売り、ドル買い)によって勢いづいた。スイス中銀の対ユーロ防衛ライン撤廃のように、政府と中央銀行(日銀)の急激な政策変更は、市場にそれまで受け入れられていた前提を覆すことにつながり、大きな変動を生み出す。
年金の円安サポート
安倍政権の強い意向に沿って、日本の公的年金GPIF (年金積立金管理運用独立行政法)は資産配分の変更を行った。
年金運用としての是非はさておき、このアロケーション(資産配分)変更は円安の一助になっているとみられている。
GPIFは日本最大の年金基金であり運用資産規模は約130兆円。それだけでなく、GPIFを運用のベンチマークとしている(資産配分をまねる、の意味に近い)年金基金は多く、GPIFの外貨買いに追随する年金基金が多くなる。
一般に、年金マネーはインデックス投資で逆張り的な投資行動を取ることが普通だ。海外資産(株式や債券)を円高時に押し目買いし、円安時に売るのが基本行動である。そのため、年金資金が円安を先導することはイメージしにくい。
一方で、アロケーションの変更という購入額絶対量が増加しており、この分については確実に円売り外貨買いのフローが出そうだ。少なくとも円高時に喜んで押し目を買ってくる存在にはなるだろう。
このような見方が、市場に広がり円安基調を強化させたといえるだろう。
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